スレヴィン大浜華

 

 親から子へと受け継がれるDNAの二重らせん構造が発見されてから半世紀後、2003年にヒトゲノムの解読が達成された。30億塩基対にものぼるヒトゲノムの全塩基配列が明らかになって今年で15年、新たなプロジェクトが動き始めている。2013年設立の国際非営利団体「ゲノミクスと健康のためのグローバルアライアンス(GA4GH)」が2022年までの5か年計画「GA4GH Connect」を昨年発表した。世界中の患者のゲノム情報と診断結果をデータとして共有し、医療研究に役立てる。英国、アメリカ、カナダが主導し、日本を含む71か国500以上の医療・研究機関が協力する。

 

 がんや脳の病気には、診断基準や投薬・治療の手法が徐々に確立しているものの、原因究明には至っていないものが多い。例えば、うつ病や不安障害の診断にはアメリカ精神医学会の定めるDSM-5という診断基準が用いられている。治療薬には、神経細胞膜で働くタンパク質に作用する化学物質などが用いられる。しかし、薬の処方はあくまで対症療法であることが多い。薬が症状を抑えることが分かっているが、その分子レベルでの機序は一部分しか明らかになっていない、という現状がある。

 

 一方で、診断結果は蓄積されている。患者のゲノム情報もあわせて収集し、できたデータを分析すれば、ある疾患をもつ人ともたない人のグループで遺伝子を比較することができる。遺伝子は私たちの体内のタンパク質の構造・機能や合成量を指示する役目を担っている。どのタンパク質を設計する遺伝子に異常があるのかが分かれば、疾患のメカニズムを突き止めることができるかもしれない。また、個人の遺伝子の特長が分かれば、将来かかるかもしれない疾患を予想し早期発見につなげられる。

 

 これまで行われた試験では、症例が少ないために医者が病名を特定できない「未診断疾患」をもつ患者の病名も、データの活用で判明した。特に患者数が少ない未診断疾患の場合は、症状と遺伝子の特長の組み合わせが類似するデータがなかなか見つからないかもしれない。少しでも病名特定の可能性を上げるために、世界中からなるべくたくさんのデータを集めたい。各国が協力し何千万人分ものゲノムデータを集結させるGA4GHの取り組みは画期的だ。

 

 ゲノム情報は患者の個人情報であるため、取り扱いには注意が必要だ。ゲノムデータベースプロジェクトが始動した今、誰がどのような目的でゲノムデータを分析するのかを議論するときがきている。国境を超えてゲノムデータの利用法を議論しルール作りに取り組むことで、多くの国と地域が参加するこのプロジェクトを成功させたい。