科学者の役割とは

読売新聞東京本社 長谷川聖治
(2015年度 サイコム講師)

 

2 万人近くの死者・行方不明者を出した東日本大震災から5 年を迎えた。未曽有の災害、それに伴っておきた東京電力・福島第一原子力発電所事故の発生予測、事前の備え、被害軽減に科学者・技術者はあまりにも無力だった。

 

「(ここ数年で)マグニチュード8.0~9.0 を超える地震は起きない」「従って大津波はない」「(原発で)すべての電源喪失は考えなくていい」

 

大震災前に科学者・技術者らは、自らの研究成果をもとにこう発言し、それを元に対策、法整備などが行われていた。しかし、実際は、こうした科学者の想定を上回る災害、事故が起きた。科学、科学者に対する信頼は大きく後退した。

 

「科学、科学者の役割とは何なのか」

 

この巨大災害を機に、科学者§技術者は、社会の中で自らが営む行為、その成果、存在意義を問われることになった。

 

この5 年、多くの科学者、研究者と接してきて、科学者§技術者の姿勢は変化したように見えるし、そうでないようにも見える。答えはまだ出せない。ただ、自らの研究が、社会の中で、どう位置づけられ、人々にどう受け止められているのか考えた人は増えたような気がする。

 

科学者が自らの研究を振り返り、それをわかりやすく伝える「科学コミュニケーション」の重要性などに気づいた人が多くなっていると思えるからだ。

 

そうした流れの中で、京都大学理学部の大学院生が自らの研究や科学全般について、しっかりと向き合い、それをなるべく平易な言葉で伝えようと始まった今回の試み。学生のうちに、科学を俯瞰する視点を持つことは、本人だけでなく、ちょっと大げさに言えば、今後の日本の科学•技術を考える上でプラスになるだろう。なぜなら、京大の学生らがどの分野に進むにせよ、指導的立場になって、多くの人に影響を与えると思うからだ。

 

学生の皆さんの文章に接し、その知識の深さ、広さにはただ感服するのみだった。しかし、それだけでは人の心に伝わらない。伝えるための努力、ある程度の持続的な訓練が必要なことを忘れないで欲しい。

 

皆さんの研究は、純粋に面白いだけでなく、それに至る科学的な考え方は、実は生活の中でもけっこう生かせる。そこに科学者の役割の一つがある。この科学ライティング講座で学んだことを、自らをブラッシュアップするのに役立て欲しい。そして頭のどこかに社会の中での科学者の役割とは何か問い続けて欲しい。1 年足らずの短い間でしたが、おつきあいありがとう。