前理学研究科長・理学部長 田中耕一郎
理学研究科長・理学部長の任を終え、京都大学を早期退職してから、早くも三ヶ月が経とうとしています。まずは、在任中にあたたかく支えてくださった北部構内事務部の皆さん、理学研究科の教職員の皆さんに心より感謝申し上げます。皆さまのご協力がなければ、とても務まる仕事ではありませんでした。本当にありがとうございました。
新しい職場である理化学研究所では、久しぶりにじっくりと研究に向き合う時間を持つことができ、その日々をとても楽しんでいます。そして改めて、大学教員には、もっとゆったりと研究に没頭できる時間が必要なのだと強く感じています。
私が研究科長・学部長を務めた2年間は、コロナ禍が一段落し、ポストコロナ時代へと体制を立て直していく過渡期でした。着任にあたっては、「教員の研究時間を確保する」ことを最大の使命と考え、その実現に向けて様々な取り組みを進めてまいりました。
たとえば、間接経費を含む運営交付金の配分方針を議論する「予算委員会」の設置、SACRA事業を円滑に推進するための研究科長補佐の任命、教授会での議論を本質的なものに絞るための運営改善など、いくつかの改革に取り組みました。なかには突飛な提案に映ったものもあったかと思いますが、全体として良い方向に舵を切ることができたと感じています。
その中でも特に大きな取り組みが、「女性枠入試を含む特色入試改革」と「SACRA2.0」の二つのプロジェクトでした。いずれも、先任の國府前研究科長の時代に蒔かれた種を、私の任期で芽吹かせ、蕾をたくさんつける段階まで育てることが私の役割だったと受け止めています。
女性枠入試については、教育常任会議やその下に設けた特別委員会などで、何度も議論を重ねました。教室に課題を持ち帰っていただき、多様なご意見をいただいたことが、しっかりとした入試制度の構築につながったと実感しています。議論の初期には、意見の隔たりも少なくありませんでしたが、最終的には「女性が学びやすく、研究しやすい環境をどう京大理学部に作るか」という視点で共通認識を持つことができたと思います。今年度からこの入試が実施されますが、携わってくださっている皆さまのご苦労を思うと、京都大学を離れてしまったことへの申し訳なさを感じずにはいられません。どうか、理学への熱意に満ちた女子学生が集い、理学部が一層魅力的な場へと変わっていくことを、心より願っています。私はその姿を、静かに外から見守りたいと思います。
SACRA2.0に関しては、概算要求の作成からヒアリング・修正を経て、財務・研究推進部門の皆さんと何度も知恵を出し合いました。採択後は、どのような方にご着任いただくかが鍵となり、最終的に3名の優秀な研究者にお越しいただけたことは、本当にありがたく、安心しております。融合分野を掲げるプロジェクトは多くありますが、SACRA2.0はその中でも独自性の高い、他に類を見ない取り組みになったのではないかと感じています。今後、このプロジェクトをどのように花開かせ、成果へとつなげていくかは、佐々研究科長をはじめとする現在の執行部の皆さまの重要なミッションになるかと思います。ぜひ、「これぞ京大理」と胸を張れるような実りある事業に育てていただければと思います。
最後に、「教員の研究時間を確保する」ということについて、改めて少し私見を述べさせてください。今、世界の政治情勢は不安定化し、国内においても災害や食料安全保障などのリスクが高まっています。そんな中で、先行きの見えにくいアカデミックな道を選ぶ学生が減っていることも、無理からぬことかもしれません。
こんな時だからこそ、私は、「大学の教員は、楽しく研究し、そのことが豊かな人生につながっている」という実感を、もっと学生に伝えていく必要があると強く思っています。自由な発想に浸る時間こそが、創造的な研究には不可欠です。そのためにも、教員が十分な研究時間を持てるよう、制度的な整備を進めるべきでしょう。現在進行中の「国際卓越研究大学」構想も、こうした本質的な価値に立脚したものであってほしいと願っています。
2年間という限られた任期では、完結できなかった課題も多く、心残りは尽きませんが、新たな執行部の皆さまのもとで理学研究科の一体感がさらに高まり、入試改革やSACRA2.0といった取り組みが大きく花開き、教育と研究が一層発展していくことを心より願っています。
最後になりますが、在任中にいただいた多くのご支援とご協力に、あらためて深く感謝申し上げます。本当にありがとうございました。


