昆虫から見る世界

昆虫から見る世界

沼田 英治 教授 生物科学専攻 動物学教室
 

生物科学専攻 沼田英治教授の研究をご紹介します。

驚きや感動が研究を長年やってきている動因になっている、という昆虫の研究について語っていただきました。昆虫写真は、すべて沼田教授による撮影です。

 

昆虫の研究者になる

子どもの頃より昆虫は好きでした。普通の昆虫好きの少年たちと同じくらいには昆虫採集もしました。昆虫の研究者の中には、本当に昆虫好きが高じて昆虫の研究者になったという方がおられますが、私はそれほど虫ばかり採っていたわけではなくて他にもいろんなことをしました。

「ファ―ブル昆虫記」や「ドリトル先生」、「シートン動物記」、そういった本もよく読みました。

それと、私はラジオが好きだったので、大阪の日本橋へ部品を買いに行ってラジオをつくったり、飛行機が好きだったので大阪(伊丹)空港へ飛行機を見に行ったり、いろんなことに興味をもっていたわけで、昆虫なり生物一辺倒の少年だったわけではないです。

 

高校生のときに、先生が挙げた何冊かの岩波新書を読んで感想文を書くという夏休みの宿題がありました。それで、伊谷純一郎先生の「ゴリラとピグミーの森」や桑原万寿太郎先生の「動物の体内時計」等の本を読んで僕もこういう研究をしたいと思ったときに、本のいちばん後ろのページに、その先生がどこの大学を出ているかが書いてありました。伊谷先生は京大出身でしたので、京大理学部を受験し入学しました。

1980年 国際昆虫学会議が京都で開催されたとき
日高敏隆先生(右端)と当時大学院生の沼田英治教授(左端)

大学に入ったときは、なんとなく生物系にいこうという感じで、これといったものがないままでした。そんな中、3回生後期になって、いくつかの興味のある講義のひとつ、日髙敏隆先生の「動物比較生理学」という講義を聴いたんです。日髙先生はそもそも知識を系統的に教える講義をしないので、自分が研究してきた歴史とか、当時の「生物学を物理学や化学に一歩でも近づけていこう」というふうな考え方に対して、日髙先生は、生物独自の論理があるのだというようなことを言われました。そういう考え方や講義のタイプ、動物比較生理学の「比較」とはなにか、「比較」は比べるということですが、生物学における「比較」という方法論はなにかとか、抽象的なことだけではなくて具体的な例をもとに説明されたのを聴いて、学問分野というよりは、この先生の所へ行って研究したいと思いました。日髙先生は、最初の頃はもともと昆虫の研究をされていたので、昆虫をメインに、私は動物生理学の研究をしたいと門をたたいたのが研究者になるきっかけです。

昆虫を辿って:大学院生から大阪市立大学、そして京大理学部へ —アゲハチョウとカメムシとクマゼミとコオロギと—

最初に研究したアゲハチョウ

 

いちばん長く研究しているホソヘリカメムシ

私が研究してきた中でいちばん長く力を入れてやってきたのは、光周性という「生物が1日の中の明るい時間もしくは暗い時間の長さに対応する性質」のことです。

京大の大学院に入ってすぐにアゲハチョウを25℃の長日(1日のうち16時間明るい)と短日(1日のうち12時間明るい)条件で飼育したときに、短日の方は休眠サナギになり、長日の方は休眠しないサナギになって、それが感動でした。日長が違うだけで、片方は休眠して長く出てこないサナギになり、サナギの大きさが違う、よく見たら形も違う、色も違うと。温度は一緒なのに明るい時間の長さだけが違うだけでそういったことが起こるというのが私にとっては感動でした。その光周性に対する驚きや感動が光周性の研究を長年やってきている動因になっています。

 

ただ、アゲハチョウの研究があまりうまくいっていないときに日髙先生と相談してカメムシの方に研究が移っていきました。カメムシで光周性の研究をしようと決め、昆虫の光周性の光を受ける光受容器が何かということに着目しました。当時、光受容器は複眼や単眼といった眼ではなくて、脳そのものが光を受けているということが知られていました。ところが、日髙先生が「これは必ずしも定着してないよ。もうちょっとやる価値があるよ」と言われて、複眼と単眼と脳があるような虫で光周性を示すものを調べようということでカメムシを選んだんです。

 

結果的には、ホソヘリカメムシでは複眼が光受容器であることがわかり、いままでの常識の脳とは違う複眼を見つけたというのが博士課程での研究成果でした。

 

複眼が光受容器であるということと、概日時計(およそ1日の日長を測るのに使われている生物体内の時計)に関係があるのかもしれないということで概日時計の方に研究を進めようとした矢先に大阪市立大学に就職して、その研究は一時期停滞していました。

でも、2000年代に入って今度は遺伝子レベルで研究し、2009年に京大へ帰って来て2010年にホソヘリカメムシの光周性に概日時計遺伝子が関わっていることを明らかにしました。

概年リズムをもつヒメマルカツオブシムシ

一方で、光周性の研究を継続しながらも、他の人がやっていない研究として概年リズムという研究を行いました。

それまで、生物の体の中におよそ1日の時計(概日時計)があることは広く知られていて、2017年のノーベル生理学・医学賞(概日リズム(サーガディアンリズム)を制御する分子メカニズムの発見でアメリカのホール(Jeffrey C. Hall)博士とロスバシュ(Michael Rosbash)博士、ヤング(Michael W. Young)博士の3氏が受賞)も、その分野でした。

しかし、生物の体内におよそ1年の時計があるという話はごく一部の生物について1950年代から知られていたものの、昆虫の研究ではあまり進んでいませんでした。それを90年代になって私たちが研究しました。

現在までにヒメマルカツオブシムシという昆虫の概年リズム(およそ1年周期の生物リズム)と、その背景にある概年時計について研究してきましたが、そうした研究を行っているのは、私たちが世界で唯一のグループです。

 

だれもが重要だと思っていることを、人一倍の努力なり、ひらめきなりを使ってする研究はあるだろうし、一方でだれもが重要だと気がつかないような研究に気がつくというのも素晴らしいと思うんです。しかし、私は過去に誰かが明らかにし、そのまま忘れ去られているけれど実はすごく重要であるというのを見つけるのがおもしろくなってきました。その一つの例が概年リズムの研究です。

1950年代の終わりにイギリスの女性研究者が概年リズムに関するいくつかの論文を発表し、それきりになっていたことを発掘し、それを現代の科学のレベルで明らかにしたというのが私たちの喜びでした。

クマゼミの産卵

 
*1
ヒートアイランドは、大気汚染と人口排熱(エンジンやエアコン等による)に加え、特にアスファルトやコンクリートで地表面が覆われ人工化したことで雨水がしみこまずすぐに乾いてしまう、また風が妨げられ暑い空気が停滞することによって都市の温度が周囲よりも高くなる現象です。こうした温暖化、乾燥化、土が硬くなったことがクマゼミの増加につながった大きな原因だと考えています。
 

シバスズ

 
*2
温暖化がコオロギのライフサイクルを変えた -暖かい地域の昆虫生活史が温暖化にともない北上したことを解明―
http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research/research_results/2018/181004_1.html
 
*3
カメムシの卵が一斉に孵化する巧妙なメカニズムを発見
―ある卵が割れた振動を合図にきょうだいの卵が孵化する―
http://www.sci.kyoto-u.ac.jp/ja/news/detail_1011.html

これらの研究の他に、大阪でクマゼミが増えてきたのはどうしてだろうという疑問に答えようと、クマゼミを研究しました。

温暖化にともない、本来熱帯や亜熱帯等の暖かい地域にすんでいた昆虫が分布を北に広げていることが、1980年代くらいからよく報告されるようになりました。クマゼミも日本列島を北上していることが見られます。大阪におけるクマゼミの増加は、地球温暖化とともに、特に都市に特有の温暖化であるヒートアイランド現象と関係づけられました1

 

さらに最近では、温暖化によってシバスズという小形のコオロギの年世代の生活史が日本の北へ広がったことをシバスズの全国各地での採集によって明らかにしました2

 

それから、クサギカメムシだけがすごくそろって一斉孵化することについて、きょうだいが卵を割る振動に一斉に反応する仕組みがあるということを示す3等、研究を様々な形に広げて今に至っています。

 

ずっとやってきたホソヘリカメムシの光周性の研究では、光周性に概日時計遺伝子が関係するというところまでわかってきました。今後は、さらにそれがどんな仕組みで日長を測っているかを研究したいと考えています。

 

 

クサギカメムシの一斉孵化(動画:遠藤淳)
https://ars.els-cdn.com/content/image/1-s2.0-S0960982218314908-mmc3.mp4

 

講義のこと

大学では教育にも携わっています。講義において重視していることは、次の3点です。

 

(1) 学生が自分の頭で整理してノートをとること。

今は、パワーポイントを通じて教員から学生さんに全部説明し、しかもそのプリントアウトをもらってノートをとらなくても勉強できるということが多いです。けれども、結局読むよりも書く方が覚えます。また、先生が話す場合には教科書を読むようには話さないので、内容があっちに行ったりこっちに行ったりしながら話します。中学や高校では重要なところに線を引いてこれを覚えなさいという指示がありますが、大学では先生の話を聴きながら重要なことを自分で整理して書いていくという作業が大事です。
 

 

(2) 学生の理解度を教員が把握するために教員と学生の双方向コミュニケーションが必要。

講義の内容を、私たちは何度も話しているから、自分ではわかりきっているわけです。しかし、自分ではわかっているつもりで話しても学生さんはわかっていないということもありますし、あるいは、もう学生さんのほとんどが知っていることを説明してしまうこともあるかもしれない。そういう意味でフィードバックは重要です。

このごろは授業が終わった後に質問に来る人はたまにいますが、授業中に挙手して尋ねる人はほとんどいない状況です。それで質問票を使っています。質問票にするとけっこうみんな書いてくれますので、次の講義の冒頭で一部のおもしろい興味深い質問を披露して返答し、それ以外の質問票には赤字で書き込んで返却します。
 

*詳しくは、京都大学OCW:沼田教授による新任教員教育セミナーをご覧ください。
https://ocw.kyoto-u.ac.jp/ja/center-for-the-promotion-of-excellence-in-higher-jp/11/video/video03

(3) 自学自習を促すこと。教員は学生が読書をするための水先案内人だと思っているので、積極的に参考書を紹介する。また、エピソードや時事ネタを積極的に話す。

京大理学部の学生さんは、モチベーションが上がるとすごい能力を示します。逆に、興味のないことはあまりまじめにやらないんです。

そこで、興味を持ってもらうにはどうしたらいいかというと、やっぱり本を読むことです。ですが、昔に比べて活字の本を読むという習慣が少なくなってきているので、おもしろい本を紹介するとか、私はこの本を読んで楽しかったとか、そういうことを伝えるのがよいのではないかと思っています。

また、意識しているわけではないのですが、エピソードや時事ネタでついつい脱線してしまいます。そういうところも含めて、学生さんの「おもしろいから勉強したい」という気持ちをなんとか刺激したいと考えています。

やはり、研究者が楽しそうにしていないとその分野に進もうとは思わないですよね。「あんなに楽しそうにしているんだったら僕も行きたいな、私も行きたいな」と思える状況をつくることが重要で、そうやって後継者が生まれてくることが研究全体のレベルも上がることにつながると思っています。

恩師・日髙敏隆先生との出会い

大学での先生との出会いや刺激を受けることの大切さは、経験からも言えることです。 日髙先生は45歳で京大に来られ、若くてやる気みたいなものが伝わってくるところがありました。京都へ来られて間もない、「やるぞ」という時期に学べたことや、京大あるいは京大近隣の百万遍にある飲み屋さんでの日髙先生とのコミュニケーションを通じて、自分たち学生の研究に対するやる気みたいなものが刺激されたような気がしています。

あまりきちっとした指導をされたということではないんですが、折に触れ受けた助言とかそういう日常的な触れ合いの中で非常に勉強になりました。

相似をさぐる

現代の生物学には、大きく分けて2つの潮流があります。一つは、あらゆる生物に共通の原理を追及する研究であり、もう一つは、生物の多様性に注目する研究です。日髙研究室で学んだ自身は後者に力を入れてきました。生物の多様性に注目するということは、比較するということです。

また、これまでずっと研究と教育を行ってきた専門の「動物生理学」とは、どのようにして動物が機能するのかを知る学問であり、それには物理学と化学の基本的な知識が必要である反面、生物学に独特の「比較」という方法論が重要です。

 

では、比較するとはどういうことかというと、「比較」は、単に別の動物でも同じ現象なり分子なりを調べて、「高等」なものから「下等」なものへと順番をつけることではありません。重要なのは、「相同」だけでなく、「相似」を調べることです。

 

たとえば、鳥が飛ぶときにどうやって翼を使うか、昆虫が飛ぶときにどうやって翅を使うかというのは、同じ起源をもつ相同ではないんです。鳥の翼と昆虫の翅というのは、そもそも、鳥の翼は前足が進化したものだし、昆虫の翅は胸の突起が起源で、全然違うものです。でも、飛ぶということに関してなんらかの共通の原理があれば、それらの形や動かし方には似たところがあります。相似の研究から動物が飛ぶためにはどういう形や機能が必要かという問題に対する答えが得られるはずです。そういったことが私は生物学のおもしろさではないかなと思っています。

 

動物生理学への貢献

『動物生理学 環境への適応[原書第5版]』
クヌート・シュミット=ニールセン(著)
沼田英治・中嶋康裕(監訳)東京大学出版会 2007年

「こんな研究してなんの役に立つんですか」と言われると、中にはムカッとする先生もおられるかもしれないけれど、私の場合はプロレスに例えるならば、こっちが望んでいる技をかけてこられたようなものです。なんの役に立つかという問いは、「待ってました」という感じで、2種類の答えをします。

ひとつは、ファラデー(Michael Faraday, 1791-1867: イギリスの物理学者・化学者)が電磁誘導の話をしたときに同じ質問が来たそうです。当時の人は電磁誘導がなんの役にたつかわからなかったんです。でも今、電磁誘導がなかったら発電がないわけですから、電気全部がファラデーの見つけた電磁誘導のルールで動いています。ですから、この研究が将来役に立つかどうかは私たちにはわからないから、何を研究したっていいんだというのがひとつの考えです。

もう一方で、未来永劫、役に立たなくてもいいと思っています。人類学の研究者たちによれば、歌と踊りのない民族はないそうです。人が音声でコミュニケーションをする基本には、歌や踊りがあると。だから、音楽を好きか嫌いかっていうのは理屈じゃないんです。人間の本質です。それと同じように、役に立つかどうかに関係なく、わからないことを知りたいというのは、私は人間の本質だと思っています。それは、芸術でも、あらゆることに適応できるので、ファラデーの電磁誘導のように100年たったらすごい役に立つかもしれないし、役に立たなくても皆がおもしろいなと思うことをできたらいいんじゃないかなというのが、若い人たちへのメッセージです。

 

イラスト:北原志乃

昆虫は語る 昆虫を語る

地球では、脊椎動物が勝ってる、あるいは人が勝ってる惑星だと思っているかもしれませんが、実は客観的にみると昆虫の方がバイオマスも多いし、種の数も多いし、すごく繁栄している生物です。そうすると、地球というのは、虫の惑星かもしれません。人の惑星ではなくて。そのくらい繁栄している昆虫を研究していると、いろんなおもしろいことが見つかります。

私は、たとえば社会性昆虫で見つかったことをすぐ人間社会に適用したりする議論には賛成ではありませんが、それだけ多様な昆虫を研究するとたくさんおもしろいことがわかるという点では、昆虫を研究する側からすると、それが昆虫のだいご味です。

 

このごろは、家の中にハエがとまっているということがほとんどないので、虫に対して抵抗のある人が増えているような気がします。もちろん、虫が嫌いな人はよくないとも思っていないんです。きっと、我々人類の歴史の中で周りに虫があまりいない環境になったのはごく最近のことです。それまでは周りにいろんな虫がいる中で生活をしてきたのだから、もうちょっと、一緒に生きていく仲間のような感覚をもってもらえたらという気持ちはあります。



(文責 藤井陽奈子)