分子結晶中で生じる多重励起子生成の新原理を発見

分子結晶中で生じる多重励起子生成の新原理を発見

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2017/05/31更新

-対称性を崩す振動励起を伴った超高速多重励起子生成-

 松本吉泰 本研究科化学専攻教授の研究チームは、倉重佑輝 同特定准教授、および、分子科学研究所、東京大学大学院新領域創成科学研究科のグループと共同して、有機半導体分子結晶中で光により生成された電子励起一重項状態から生じる多重励起子生成現象の微視的なメカニズムを超高速分光と最先端の理論によって調べ、新しい原理を発見しました。

 

 固体物質に光を当てると、光エネルギーが物質中の電子の運動に変換され、電子励起状態が生じます。電子励起状態から起電力の源になる電子と正孔が分離した状態を生成することが太陽電池の主要原理の一つであるためこの状態を理解することは、太陽電池材料の設計を行う上で本質的に重要です。電子励起状態の性質は電子のスピン状態によって異なり、全体としてスピン角運動量の大きさがゼロの一重項(シングレット)励起状態とスピン=1 を持つ三重項(トリプレット)励起状態では通常そのエネルギーは大きく異なります。ある特定の有機物質では、シングレット状態のエネルギーがトリプレット状態のちょうど2倍に近く、この場合光吸収によって生じたシングレット励起状態が二つのトリプレット励起状態に分裂する“一重項励起子分裂”または“シングレットフィッション”と呼ばれる超高速現象が起きることが知られていました。この過程を経るとトリプレット状態に励起された分子が一度に二つ生成されるため、太陽電池の効率を劇的に上げる可能性があるとして注目されています。

 

 松本研究グループでは、これまでの理解では低温条件下ではシングレットフィッションが起こらないと信じられていたルブレン単結晶において、10-13秒以下の時間スケールでシングレットフィッションが起きることを実験的に突き止めました。これは電子励起に伴う分子間の振動を励起することにより、ルブレン結晶内での隣接する分子の対称的な配置が崩れることにより引き起こされるという、新たな原理を確立するものです。さらに、最新鋭の高精度量子化学計算により、励起状態のポテンシャルエネルギー曲線を正確に決め、新しい原理で生じる超高速シングレットフィッションを可能にする条件を明らかにしました。  今回の成果により、今まで見過ごされていたシングレットフィッションの新原理を見つけることができ、新しい材料設計指針が示されました。今回の成果を礎に高効率シングレットフィッション材料の開発が加速すれば、従来では不可能だった超高効率太陽電池の達成に近づくことが期待されます。

 

 本研究成果は、2017年10月30日午前0時(日本時間)に「Nature Chemistry」電子版に掲載されました。

研究者からのコメント

 有機材料は身の回りに溢れていますが、その機能については理解されていない部分が多く残されています。私たちは太陽電池への応用が見込まれているシングレットフィッションという現象に注目し、微視的な理解を深めることができました。今回の成果は非常に基礎的な研究ではありますが、あらゆる応用は徹底的な基礎の理解の上にまた新たな応用の芽が生ずるという理念に根ざしたものです。この研究によりシングレットフィッションに限らず他の光化学反応にも繋がる学理を発見できたので、これを皮切りに広い意味での分子ベースの最先端デバイスの研究の進展を期待しています。

本研究成果のポイント

  • 低温条件下(<35K)のルブレン単結晶では超高速シングレットフィッションが生じないと従来信じられていたが、対称性を破る分子間振動の励起により可能であることを実験的に示した。
  • 最新鋭の高精度計算により、シングレット励起状態とトリプレット対状態のエネルギーを正確に決め、この新しい原理で生じる超速シングレットフィッションを可能にする条件をポテンシャルエネルギー曲面上の幾何配置の観点から明らかにした。
  • 今まで見過ごされていたシングレットフィッションのデザイン原理を開拓したことにより、今後の高効率太陽電池への応用研究が加速することが期待される。
 

概要

1.背景

 通常の太陽電池では、太陽光の吸収によって光エネルギーは物質中の電子に伝えられたのち、電極から電気エネルギーとして取り出される前に熱としてエネルギーを損失してしまいます(図1A)。しかし、もし損失するはずのエネルギーを使ってもう一つ励起状態を作ることができれば、取り出せる電流量が増えるため効率を上げることができます(図1B)。シングレットフィッションは一つのシングレット状態から二つのトリプレット状態を生成する多重励起子生成過程であり、高効率を達成できる次世代の太陽電池への応用が期待されています。材料設計の指針を得るためにはメカニズムの微視的な理解が必要ですが、現状ではまだ未解明な点が多く残されています。特に重要な点として、有機結晶は分子間の振動運動とそれによる構造の変調と電子物性が密接に相関することが知られていますが、シングレットフィッションにおける分子間振動の役割については決定的な実験研究がなく、理解が不明瞭なままでした。

 

図1:(A) エネルギー図からみた従来の太陽電池の原理の模式図。光吸収によって電子に与えられた余剰なエネルギーは熱エネルギーとして損失し、光電変換効率の損失となる。 (B) シングレットフィッションの概念図。余剰エネルギーを使って励起状態をもう一つ生成するため、一回の吸収から二つの励起状態をつくることができる。

 

図2:(A) ルブレンの分子構造。 (B、C) 対称性が崩れることで隣接分子の分子軌道の重なりが変わる現象のイメージ図。赤と青は波動関数の位相の違いを表す。(B) 対称性が高い状態 ( 図中青点線を含む紙面に垂直な面で分子構造には鏡映対称性がある) だと逆位相の分子軌道が重なり、互いに打ち消しあって、シングレットフィッション (SF) を起こすことはできない。(C) 分子のねじれにより上記対称性が崩されると重なりの打ち消し合いの均衡が崩れ、シングレットフィッションを起こすことが可能となる。

 

2.研究手法・成果

 本研究グループでは、ルブレン(図2A)の単結晶に注目しました。ルブレン単結晶は分子間の電子軌道の重なりが大きいにもかかわらず、分子配置における対称性からシングレットフィッションが起きにくいとされる系です。従来の理解では低温にした条件ではシングレットフィッションは起こらないとされていましたが、温度を制御しながら注意深く時間分解吸収分光を行うことにより、実際は低温下でもトリプレット状態が生じていることがわかりました。さらに詳細な測定から信号に特定の分子間振動の応答が重畳されていることがわかり、これを解析することで10-13秒以下という非常に早い時間スケールでシングレットフィッションが起きていることを実証し、加えてシングレットフィッションに関与する分子間振動モードを実験的に突き止めることができました。

 

 さらに、高精度量子化学計算によりシングレットフィッションに関与する励起状態のエネルギーを正確に求め、新しい原理で生じる超高速シングレットフィッションを可能にする条件を詳細に明らかにしました。対称性を保った状態だとシングレットフィッションは生じませんが(図2B)、対称性を破るような振動が光吸収と同時に生じると、シングレットフィッションの条件を満たせるようになります(図2C)。さらにシングレット励起状態とトリプレット対状態のエネルギーが極めて近いため、効率よく超高速でシングレットフィッションが進むという詳細なメカニズムを明らかにできました。

 

3.波及効果、今後の予定

 実験と理論の相補的な共同研究により、今までになかった材料設計指針に繋がるシングレットフィッションの新原理を見つけることができました。しかし、実際にデバイス応用のことを考えると乗り越えるべき課題は多く、体系的な理解も十分でありません。特に分子集合体の系は、同じ分子でも集合構造によって機能が大きく変わる点が難しさでもあり面白さでもあります。これら複雑系の機能の制御という究極の目標に向けて、注意深い研究を重ねていくことで徹底的な理解が進めば、これまでになかった新しいテクノロジーを開拓できると考えています。

 

 また、物質内の電子と分子の運動が協奏する現象は有機分子の系における普遍的な事象であるため、本研究の波及効果は広く分子科学に及ぶものと考えています。近年レーザー分光法の発達により、分子の電子状態や分子運動の本質に迫る情報に定量的にアクセスできる手法が開拓されてきているので、今後加速度的に重要な発見がなされていくことが期待されます。

 

4.研究プロジェクトについて

 本研究は日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金「基盤研究(A)」(No. 22245001, No. 25248006)(研究代表者:松本吉泰)、科学研究費補助金挑戦的萌芽研究(No. 24655011)(研究代表者:渡邊一也)、および、京都大学GCOEプログラムの一環で実施されました。

 
 

論文タイトルと著者