水分子の向きが揃った結晶氷

水分子の向きが揃った結晶氷

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2017/11/29更新

―特殊な結晶氷の構造と生成メカニズムの解明―

 松本吉泰 本研究科化学専攻教授、杉本敏樹 同助教らの研究チームは、白金表面上に結晶成長させた氷薄膜中の水分子の特異な配向構造と、その熱力学的安定性を世界で初めて解明することに成功しました。

 

 水分子は2個の水素原子と1個の酸素原子からなる分子であり、結晶氷は多数の水分子が互いに水素結合のネットワークを組んで規則正しく配置された固体物質です。しかし、通常の結晶氷では個々の水分子の向きは揃っておらずバラバラな方向を向いており、従来は配向の揃った結晶氷は72 K (約-200℃)以上の温度領域で存在できないと考えられてきました。

 本研究グループでは、白金表面上に結晶氷を成長させ、レーザーを用いた最先端の分析技術を用いて構造解析を行いました。その結果、白金表面直上の水分子が水素原子を白金原子に向けた状態で配列し、その上の水分子の配向も同様に秩序化していることが明らかになりました。さらに、この結晶氷中の水分子の配向秩序は72 Kよりも倍以上も高温の175 K (約-98℃)まで保持されることが判明しました。これは、従来の定説を完全に覆すものです。

 本研究の成果により、175 K以下の温度環境下にある地球の極域上空や宇宙の広大な領域において、塵などの異種物質を核として凝集した氷は水分子の配向が揃った状態にある可能性が示されました。また、「異種物質を基板として用いる事で従来とは異なる配向構造を持った固体物質が形成される」というコンセプトは新しい材料開発の指針となることが期待されます。

 

 本研究成果は、2016年7月26日午前0時「Nature Physics」電子版に掲載されました。

研究者からのコメント

左から松本教授、杉本助教

 氷は我々に最も身近な物質の一つです。通常は、水分子の向きがバラバラになっているのですが、私たちの研究によって、水分子の向きが揃った特殊な氷(強誘電氷)が地球の極域上空や宇宙の広大な領域に遍く存在している可能性があることが判明しました。今後は、極域上空や宇宙空間の環境を実験室で再現し、具体的にどのような場所に強誘電氷が存在しているのか、この特殊な氷の存在が周囲の物理的・化学的環境にどのような影響を及ぼしているのかを明らかにする実験を行いたいと考えています。

 また、今回の研究成果により、物質中の分子の向きを制御する基礎的な学理を構築することもできました。これは、「同じ分子材料でも従来とは異なる配向構造や誘電的性質を持った新しい固体物質の合成が可能である」という事を示唆しており、物質科学の観点からも重要なコンセプトであると考えています。

本研究成果のポイント

  • 結晶氷表面1層の水分子の向きを配列させることで、結晶氷内部の水分子の向きも自動的に配向することが明らかになった。
  • 従来の定説では水分子の向きが揃った結晶氷は、氷自身の熱力学的な制約から72 K(約-200℃)以上の温度では存在できないと考えられていたが、今回発見した結晶氷では表面の1層の水分子の向きが定まっている効果により倍以上の温度の175 K(約-98℃)まで配向秩序が保持されることが明らかになった。
  • 氷という我々に身近な物質の新しい性質を解明し、向きの秩序をもった氷が地球の極域上空や宇宙に偏在している可能性を示した。これは、極域上空や宇宙で起こっている、氷の表面を舞台とした化学反応のメカニズムを分子レベルで解明する際の重要な知見となる。

概要

図1:我々の身近にある結晶氷と、分子レベルの構造の模式図。水分子の向きは無秩序。

1.背景

水分子は2個の水素原子と1個の酸素原子からなる極性分子*1 です。結晶氷は多数の水分子が水素結合*2 で凝集し、水分子の重心(酸素原子)位置が規則的に配列した固体物質ですが、通常は、氷の中の水分子は水素結合のネットワーク中で無秩序な配向をとります(図1)。そのため、私たちの身の回りにある氷は常誘電状態*3 にあります。結晶氷中の水分子の配向を秩序化させる長年の研究の結果、72 K以上の温度領域では配向が揃った氷は存在できないと考えられてきました。

 

一方、白金を基板として氷薄膜結晶成長させると、白金と結晶氷薄膜の界面においては白金原子と氷の水分子の相互作用によって特殊な水素結合ネットワークが形成されることが報告されてきました。そして、特殊なネットワーク中にある水分子が基板に対してどのように配向しているのか、また、その構造が氷薄膜内部の水分子の配向構造にどのような影響を与えるのかについてはこれまで諸説提案されてきました。しかし、氷薄膜中の水分子の向きを高感度に直接観測する実験手法が無かったため、これは長年にわたる未解明の問題でした。

2.研究手法・成果

本研究グループは、二次非線形光学効果*4 である和周波発生法*5 にヘテロダイン検出法*6 を組み合わせた分光手法を用いて、白金基板表面上に結晶成長させた氷薄膜中の水分子の配向構造を調べました。その結果、白金基板直上の水分子が、白金表面の原子との相互作用により水素原子を白金原子に向けて配列している様子を実証することに成功しました。また、その上に結晶成長させた水分子の配向も同様の配向秩序を有しており、白金基板上の氷薄膜が強誘電状態*7 にあることを解明しました(図2)。

 

さらに、この結晶氷薄膜中の水分子の配向秩序は175 Kまで保持され、通常の結晶氷よりも2倍以上もの高温においても強誘電状態が熱力学的な安定状態として実現することが分かりました(図3)。

図2:白金表面に結晶成長させた強誘電氷薄膜の模式図。白金の原子との相互作用により、水分子は水素原子を白金原子に向けて配列している。その上の水分子の配向も同様の配向秩序を有している。

図3:白金上の結晶氷薄膜の配向秩序が昇温に伴って乱れていく様子を示すデータ。丸は実験結果、実線は統計物理学の理論を用いたシミュレーション結果を示している。175 Kの温度で配向秩序が消失していることが分かる。

3.波及効果、今後の予定

本研究の成果により、175 K以下の温度環境下にある地球の極域上空や宇宙の広大な領域において、塵などの異種物質を核として凝集した氷が強誘電状態にあることが期待されます。今後は、大気化学や宇宙物質科学の研究者と連携し、大気や宇宙の様々な環境に存在する塵の上に氷を成長させる実験を展開することで、具体的にどのような場所に強誘電氷が存在しているのか、そしてその氷の存在が周囲の物理・化学環境にどのような影響を及ぼしているのかを突き止めることを目指しています。

 

本研究の成果は、氷以外の他の物質にも応用する事ができます。すなわち本研究は、「異種の物質を基板として用いる事で、同じ分子材料でも従来とは異なる配向構造や性質を持った固体物質の合成が可能である」という事を示唆しています。これは、応用物理工学、物質科学の観点に立つと、低コスト・低環境負荷・高機能を備えた新しいデバイス材料開発のブレイクスルーにつながるものと期待しています。

 

4.研究プロジェクトについて

文部科学省(MEXT)科学研究費補助金「新学術領域研究(宇宙における分子進化)」の研究課題「星間ダスト表面におけるアモルファス氷の強誘電性と触媒機能」(研究代表者: 杉本敏樹)、日本学術振興会(JSPS) 科学研究費補助金「基盤研究(A)」の研究課題「高感度振動分光による界面反応機構の解明」(研究代表者: 松本吉泰)の一環で実施されました。

注釈

*1 分子の内で電子の分布に偏りがあり、正極と負極が存在する分子。

*2 酸素のように電子を引き寄せる力(電気陰性度)が大きな原子2個がその間にある水素原子を介して結びつく化学結合の一種。水分子同士の水素結合が代表的な例で、融点や沸点が同程度の質量を持つ分子に比べて異常に高いなどの水の特異な性質の原因となっている。

*3 各分子の正極と負極の向きがランダムで、互いに電気的に打ち消し合っており、見かけ上正負の偏りがない状態。

*4 入射光の電磁場の強度に比例しない光学応答の総称。レーザー等の強い光と物質が相互作用する場合に起きる。

*5 光と物質の相互作用により、入射する二つの光の周波数の和の周波数を持った光が発生する現象。結晶氷に2つのレーザー光を照射した場合、水分子の配向が揃った領域が存在する場合に和の周波数を持った光が発生する。

*6 2つの波(光の電磁波)を重ね合わせ、その際に生じる’うなり’を解析することで、欲しい情報を抽出する方法。

*7 各分子の正極と負極の向きが揃い、巨視的に正極と負極が分離して存在する状態。

論文タイトルと著者

タイトル:
Emergent high-Tc ferroelectric ordering of strongly correlated and frustrated protons in a heteroepitaxial ice film
(ヘテロエピタキシャル成長させた結晶氷薄膜における強相関フラストレート陽子の高温強誘電秩序)

著者:
杉本敏樹,相賀則宏,大槻友志,渡邊一也,松本吉泰

掲載誌:
Nature Physics (Nature Publishing Group)