科学と非科学の境界線。定量性というキーワード

科学と非科学の境界線。定量性というキーワード

廣田 誠子

 

科学的に物事を判断するのは良い事だ、と考えている人は多いだろう。しかし、一見、科学的判断に思えても、事実や解釈を取り違え、他の人を苦しめていることがある。科学を正しく使えるか、使えないかの違いは何だろうか。

 

1980 年代に薬害エイズ事件が起き、HIV 感染者への差別が問題となった。最近では、福島第一原発事故で放射性物質に汚染された地域の人々への偏見や風評被害が問題となっている。

 

こういった差別や偏見、風評被害が起こる背景の一つには、不完全な事実の一人歩きがある。「HIV ウイルスに感染するとエイズを発症して死ぬ可能性があり、被ばくするとガンになる可能性が上がって死ぬかもしれない」という断片的な事実だ。だからHIV 感染者には近づかず、福島産の農作物は食べないという判断をする。

 

しかし、ここには1つ大きな見逃しがある。それは、その科学的な事実が起こるための条件だ。その代表が量であろう。確かにHIV 患者の唾液にはHIV ウイルスがいる。果たしてそれは危険なのだろうか。感染するにはある量以上のウイルスがいなければならない。唾液であればバケツ一杯分は必要だ。つまり、キスではHIV はうつらない。

 

放射能汚染された食べ物も同じだ。原発事故に関係なく、食物には放射線を出す物質が含まれている。それと同じぐらいの量であれば、福島の農作物も他の地域の農作物も違いはなく、「ゼロベクレル」など意味がない。

 

性質だけに目を向けることを「定性的」といい、「量」に着目することを「定量的」という。定性的な事実は明快でわかりやすい。しかし、定量的でない事実は不完全で科学とは言えず、時に偏見や差別を生むことがある。科学を使う時には、この「量」に目を向けることも大切にしてほしい。