齊藤 颯

 

2015 年のノーベル医学・生理学賞には、大村智氏、ウィリアム・キャンベル氏、トゥ・ヨウヨウ氏の3 名が選ばれました。寄生虫が原因となる病気の治療薬を開発したことが受賞理由となっています。大村氏とキャンベル氏はアフリカで流行する河川盲目症に有効なイベルメクチンを、トゥ氏はマラリアに有効な治療薬を発見しました。ここでは、中国で教育を受けて研究を続けた科学者として初のノーベル賞受賞者であるトゥ氏に焦点を当てます。

 

マラリアは、マラリア原虫という寄生虫が引き起こす病気で、高熱を出し時には死に至る危険なものです。今なお熱帯地域では感染者が多数出ており、1960年代のベトナム戦争でも多くの兵士が感染しました。体内のマラリア原虫を駆除する薬は、当時いくつかが実用化されていました。しかしどれも副作用が強い上に、薬が効かないマラリア原虫が現れ始めていました。そのため、ベトナム戦争に参戦していた中国は新しい治療薬の開発を目指しました。

 

トゥ氏らは、古来より高熱の治療に使われていた漢方薬が、高熱の症状を伴うマラリアにも効くのではないかと考えて研究を進めました。その結果、ヨモギの一種である薬草から、マラリアに効果的で副作用も少ないアルテミシニンという物質を発見しました。この物質は、それ自身が持つ不安定な部分と、マラリア原虫が赤血球を壊して作られる鉄とが反応して活性酸素を生じ、赤血球に寄生している原虫を死滅させます。人間の体には赤血球以外の場所に鉄がほとんど無いため、余分な活性酸素が生じず副作用が少ないのが特徴です。薬草からのアルテミシニンの抽出はその不安定さゆえに大変な作業でしたが、不安定さこそが高い効果の鍵だったのです。今ではアルテミシニンを改良した様々な薬が実用化され、マラリアによる死者を世界中で大幅に減少させています。