第20回MACSコロキウム (2022年7月8日)

京大理学研究科生物学教室 森哲教授
「餌の毒で身を守るヘビ:2つの毒器官を持つヤマカガシ」

 ヘビは誰もが知っている動物であるが、ではヘビの生物学的な特徴とは何か、という基本的な問いから森先生のお話は始まりました。細長い、足がない、皮脂がないと言った特徴は、ミミズやトカゲの仲間でも持つものがいる。ヘビの他にない大きな特徴は、相対的に大きな生きている動物を丸呑みにする、ということでした。

 そして今回はヘビの中でも、ヘビの持つ毒についてお話しいただきました。毒を持つ動物群は、防御または捕食、どちらかのために毒を持つように進化してきました。森先生が着目されているヤマカガシというヘビは、毒器官を2つ持つ世界的にも珍しい動物です。1つは捕食用の後牙にある毒。もう1つは首のあたりの頸線と呼ばれる場所にある防御用の毒。森先生は頸線の毒がブファジエノライドと呼ばれるヒキガエルの持つ毒の主成分と同じであることに着目し、ヤマカガシの頸線の毒がヒキガエルを捕食することによって取り込んでいることを突き止めました。 またヤマカガシは何らかの方法で自身が頸線に毒を蓄えていることを認識していることを、ヒキガエルのいない島や、ヒキガエルの多い地域で生息しているヤマカガシの行動を調べることで突き止めました。そして、頸線を持っているのはアジアの少数のヘビのみで、類似の器官を持っている脊椎動物がいないこと、別の頸線を持つヘビはマドボタルを捕食することで毒を得ていることが最近分かったこと、マドボタルはヒキガエルと同じ成分の毒を持つ唯一の生物であること、今後は、なぜ一部のヤマカガシの捕食対象は、ヒキガエルから同じ毒を持つマドボタルにうまく変わっていったのかを研究していきたい、ということをお話しいただきました。

 質疑応答と継続討論会も盛り上がり、多くの質問に答えていただきました。なかでも、どうしてヘビを研究対象にしたのか、という質問に、単純にヘビが好きだから、幼稚園のころから好きだった、という回答をしていただいたのが印象的でした。

(文責:冨田夏希)

 

 第20回MACSコロキウムの後半は、コペンハーゲン大学ニールスボーア研究所の御手洗菜美子博士に「いつ誰が「眠る」か?細菌の成長と休眠」というタイトルで講演していただきました。

 講演は細菌の成長や休眠の説明から始まりました。飢餓状態の細菌に栄養を与えると、数が増え始めるまでにタイムラグがあり、次第に分裂によって指数関数的な増加を示すようになります。栄養が枯渇するなどの理由で環境が悪化すると、増殖は止まって飢餓状態になり、最終的には細菌数が指数関数的に減少します。飢餓状態の細菌は驚異的な性質を持っており、豊富な栄養下では30分で分裂できる細菌を1ヶ月間炭素飢餓状態にしても1割程度が生き残るそうです。また、分裂を繰り返す細菌よりも分裂しない休眠状態(dormant)の細菌の方が高いストレス耐性を示すことが分かったため、飢餓状態において大多数を占める休眠状態の細菌への関心が高まっているようです。

  続いて、細菌にとって最適なタイムラグを数理モデルで考察した研究が紹介されました。具体的には、飢餓状態の細菌の一部と栄養に加え、確率pで抗生剤を混ぜて、T時間後に洗い流し、細菌をしばらく飢餓状態にするというサイクルを繰り返す設定で、細菌の最適な(最終的に到達する)タイムラグλが求められました。p<<1ではλ=0ですが、pを大きくしていくと不連続転移が起きてλが有限の値になるそうです。また、タイムラグの異なる2タイプの細菌がいる状況を考えると、小さすぎず大きすぎないpの値では、両タイプの細菌が生き残るベットヘッジ戦略がとられることが示されました。

 最後に、遺伝子変異は起きていないのにも関わらず一部の細菌がストレス環境下で長時間生き残る、パーシスタンスと呼ばれる現象に関する研究が紹介されました。指数関数的に増加している細菌の一部を取り出し、抗生剤に長時間浸すという実験を行うと、細菌の減少していく速度が少なくとも2度遅くなるそうです。パーシスタンスは休眠状態の細菌が引き起こしている場合が多く、今回の実験によって分裂を繰り返す細菌でも一部は休眠状態になることが示唆されています。また、抗生剤を与える前に1時間飢餓状態にすると、少なくとも4日間は生き残る細菌の数が100倍程度多くなるそうです。僅かな時間の飢餓状態がパーシスタンスに大きな影響を与えることが示されたことになります。これらの現象は、正のフィードバック機構を持つ4つの要素からなる資源分配モデルによって説明可能であることが講演の最後で示されました。

講演後の質疑応答では、細菌の休眠と動物の冬眠との関係や、休眠状態はどのくらいありふれた状態なのかについての議論で盛り上がりました。

 (文責:伊丹將人)

 


第19回MACSコロキウム (2022年4月18日) 

 2022年度初回のMACSコロキウムでは、井上康博博士(京都大学大学院工学研究科マイクロエンジニアリング専攻)に「形態形成の多細胞力学シミュレーション」というタイトルで講演していただきました。

 講演は計算力学における粒子法の説明から始まりました。計算力学とはエネルギー保存則などの力学原理を満たす方程式をもとに計算機シミュレーションで現象を解析する分野で、粒子法とは複雑な物体を粒子の集まりとして表現することで複雑な物体の 運動を記述する方法です。

 続いて、粒子法を多細胞系の形態形成に適用した多細胞力学モデルの説明がなされました。多細胞力学モデルでは、多細胞系の状態を頂点と辺からなるネットワークで表現し、頂点の運動を適切なエネルギー関数を最小化する方程式で記述します。ネットワーク構造自体の変化も考慮することで、細胞増殖や細胞配置換えも表現できるモデルになります。このモデルでは、エネルギー関数を工夫することで、上皮細胞の頂端(アピカル)側に収縮力が発生するアピカル収縮という現象や、周囲組織・基質による面外変位の抑制によってパターン形成が起こる現象を再現できます。

 最後に、アフリカツメガエルの神経管の形態形成に対する多細胞力学シミュレーションの説明がなされました。実際の現象をモデルで解析する際は
 1.実験結果を定量的に再現するモデルを作る「真似る」
 2.モデルから得られる摂動応答の予測を実験で検証する「確かめる」
 3.様々な条件下でシミュレーションを行い、多細胞挙動を観察する「予測する」
の三段階を経ることになります。第一段階では、神経管の形態形成において細胞伸長・アピカル収縮・細胞移動という3つの細胞活動が重要であることが実験から示唆されているので、この3つの細胞活動をエネルギー関数で表現し、実験結果を再現するようにパラメータを決めています。第二段階として細胞伸長を抑制したシミュレーションを行うと内腔が形成されることが分かり、この現象が実験でも再現されたため、モデルは信頼できることが確かめられました。細胞伸長が抑制されても神経管自体は 形成されるため、細胞伸長は形態形成にとって必要不可欠ではないことも分かります。第三段階では細胞外基質の弾性率を変化させたシミュレーションを行い、細胞伸長があるモデルはないモデルよりも弾性率の擾乱に対して頑健であることが予測されました。つまり、多細胞力学シミュレーションによって細胞伸長の意義が明らかになりました。

 講演後の質疑応答では、多細胞力学モデルの詳細や、アフリカツメガエルの神経管の形態形成における細胞移動の意義などについての議論で盛り上がりました。
(文責:伊丹將人)