京都大学大学院理学研究科長・理学部長 吉川研一
平成21年7月6日
昨秋は、世界的経済不況とそれによって引き起こされた大量の失業者と社会不安といった深刻な出来事の一方で、4名の日本人のノーベル賞受賞といった明るい話題が巷をかけめぐりました。このニュースは、世界においての日本の存在感を示すものとなり、国民を元気づけるものとなりました。物理学賞の対象は、この世の中の物質の極限を探るといった、物理学の中でも基礎中の基礎に相当する研究分野のものでありました。化学賞は、クラゲの緑色蛍光蛋白質の発見に関するものでした。この発見についても下村氏が論文を発表した時は、その後この仕事が生命科学・医学研究分野で不可欠の、分子レベルの変化を可視化することのできるような方法論になるとは、同氏自体予想もできなかったような、純粋な基礎研究の成果でありました。
理学で取り組んでいる研究は目的志向型の研究では無いが故に、一見地味であり国民からは目につきにくい面があります。しかしながら、理学の研究は目的志向型でないが故に、国民の生活や文化、さらには世界の人々の生存に深くかかわっています。例えば、地球温暖化は現代では深刻な問題と捉えられており、政治や経済のレベルでも、二酸化炭素の排出量の総量規制が議論の的となっています。このような人類の今後にとって重要な課題自体、元来は、何の役に立つかもわからないような、地球環境に関する基礎研究の積み重ねがその源流にありました。また、国際数学連合からの第1回ガウス賞の受賞(2006年)を通して広く知られるようになりましたが、京大名誉教授の伊藤清氏の確率微分方程式が、経済やファイナンスなどに幅広く活用されていることも、数学といった基礎研究が本来有する学問的な広がりを明示してくれています。この伊藤氏の業績も、正に純粋数学としての研究の“果実”であることを強調しておきたいと思います。
極めて残念なことでありますが、昨今の科学技術政策では、“無駄なばらまきはしない”との掛け声のもと、特定の重点分野やごく少数の研究者にのみ、集中的に資金を与えるといった路線がとられて来ています。その一方で、大学の教育研究を支えてきた、国庫からの運営交付金は、毎年1%が削減され、更にその減額の割合を大きくしようといった意見さえも政財界の筋から出てきています。また、本年度の補正予算では、2700億円の巨額の研究費を投じて、「世界トップ」の30名の研究者に、一人当たり90億円のお金を配分するといったことが決定されています(「最先端研究開発支援プログラム」)。そこでは、5年間で“出口”のある応用志向の研究の推進が謳われています。これにとどまらず、1件当たり最大8−10億が措置される「革新的技術推進費」も本年度から開始し、初年度は総額で60億円が配分されます。私達は、このような応用研究や新技術の開発の必要性を否定するものではありません。しかしながら、直ぐに役立ちそうな課題のみを対象にして、ごく少数の研究者に対して集中豪雨的に投資することは、幅広い学問分野にわたる研究全体の推進効率の視点や、国民の税金の有効利用の観点からみて大いなる疑問があります。応用的研究のみを重視し、基礎研究は軽んじるといった科学政策がもたらす深刻な問題点を指摘せざるにはおられません。
ノーベル物理学賞でも話題になった、南部氏の提唱した“対称性の破れ”の考え方は、物質の階層構造の根源を説明するものとなりましたが、この理論の枠組みは、超伝導や宇宙のはじまりあるいは生命活動など、幅広い自然現象の記述に有効であることが、近年ますます明らかになりつつあります。このように、理学の領域で行われている基礎的な研究は、人類に普遍的な価値をもたらし、今後何百年にも渡って光り輝くような成果を創り出すものとなっています。
基礎的な研究を軽視し、“出口”の明確な応用的研究のみを集中的に投資しようとすることは、“果実を求め過ぎて、土壌を荒らし、結果として木を枯らす”といった事態につながります。このような中でもたらされる学問の荒廃は、国民の貴重な税金の無駄使いとなるのみならず、世界の中での日本の学問的な地位を低下させることにつながるでしょう。私達は、このような近視眼的な立場で、科学技術政策がすすめられようとしていることに、大いに危惧の念を持っております。
私達は、長期的な視点に立って、国民に、そして世界の人々に貢献できるような学問を進めていきたいと思っております。理学の研究は、一時の流行に押し流されることなく、バランス良く、総合的に進める必要があります。本来のあるべき方向に向かって、科学技術政策の舵を取り直すことを切に望むものです。