市民参加型のオープンサイエンスで、雷発生のメカニズムに迫る

市民参加型のオープンサイエンスで、雷発生のメカニズムに迫る

榎戸輝揚 特定准教授 白眉センター 宇宙物理学教室
 

 雷が自然界の放電現象であることを実証したのは、米国の科学者で政治家でもあるベンジャミン・フランクリン。1752 年、真夏の雷雨のなか凧をあげて、凧糸に伝わる電気を感じとって雷の正体を確かめたという驚くべき勇気の持ち主です。

 

 雲の中でピカッと光り、ゴロゴロと轟く雷鳴。誰でも知っているおなじみの自然現象であるにも関わらず、実際に、雷が発生するメカニズムについては、いまだに解明されていません。

 

 空に浮かぶ雲が水蒸気のかたまりというのはよく知られています。海面の水は太陽に温められて水蒸気となり、あたたかい空気の上昇気流で上空へ運ばれますが、上空で空気が冷えると氷のつぶになります。このつぶがたくさん集まったものが雲です。そして、この氷の粒子は、気流によって激しくかき混ぜられている状態になり、ぶつかり合う氷の粒子によって静電気が発生します。粒子の細かい雲の上部にはプラス極の電気が、粒子の大きい雲の下部にはマイナス極の電気が溜まっていきます。空気中には本来電気はほとんど流れないため、雲の外の空気が絶縁体となり放電されずに雲の中の電圧はどんどんと高まっていき雷雲となります。こうして、雷雲の内部や雷雲と地表の間に大量の静電気が溜まり、その結果、雲と雲との間、あるいは雲と地上との間で起こる放電が雷です。

 

 ところが近年、雷が発生するためには静電気以外に、これまで知られていなかった目には見えない力が関係していることがわかってきました。大気中で放電を起こすには強い電場が必要ですが、実際に気球やロケットを使って雲の中の電場を直接観測したところ、どうやらそのままでは放電を起こすには弱すぎることが判明したからです。では一体、雷を発生させる「きっかけ」になっているのは何なのでしょうか。

 

 いま、科学者たちの間で有力視されているのが、宇宙から地球に降り注いでいる宇宙線(高エネルギー粒子)です。宇宙線が地球の大気にやってくると、大気中の原子核と相互作用して電子をはじき出します。はじき出された電子が、雷雲中の強い電場により光速近くまで加
速され、さらに周辺の大気から多くの電子をたたき出して、雪崩のように増幅していくと考えられています。まさに、雷雲は自然界における「天然の加速器」なのです。この電子が雷の「きっかけ」になっているのではと疑われています。

 

 こういった考え方を検証するカギとして、最近注目されている雷研究の新しい手法が、落雷の際に放射される高エネルギーのガンマ線(光の一種類)を観測するというやり方です。1990 年から2000 年代にかけて雷雲のはるか上空を周回する人工衛星によって雷雲からシャワーのように降り注ぐガンマ線が観測されるようになりました。これは、Terrestrial GammarayFlash(TGF)という現象として知られてきました。最近の研究で、このガンマ線は、雷雲のなかで光速に近い猛スピードで走る電子が、大気と衝突することによって発生することがわかってきたのです。

 

 京都大学 白眉センターで宇宙物理学を研究する榎戸輝揚 特定准教授は、2015 年に東京大学、理化学研究所の若手研究者とともに、雷の発生メカニズム解明に挑戦する「雷雲プロジェクト」を立ち上げました。雷が発生するときに放出されるガンマ線に注目し、自分たちで、小型かつ高性能な放射線測定器を開発しました。それらを多地点に配置し、モニタリング観測をすることで、この天然の加速器の仕組みについて調べようとする試みがスタートしたのです。

 

「雷からのガンマ線ビームを追え!」雷雲プロジェクト始動

 榎戸准教授が初めて雷雲から放射されたガンマ線を観測したのは、2006 年、大学院生のときでした。新潟県柏崎刈羽原子力発電所に手作りの放射線測定器を設置し40 秒間にわたる放射線量の増加を観測し修士論文にまとめました。しかしながら、新潟県柏崎市での定点観測ではデータ量が乏しく、加速された電子やガンマ線が雷発生のきっかけになっているのかを判断するには不十分でした。どこで発生するか予測がつかない雷の高エネルギー現象を一網打尽にとらえたい、そのためには、多地点でのマッピング観測が必要だと考えるようになったといいます。そして2015 年、多地点マッピング観測を行う雷雲プロジェクトが立ち上がりました。観測サイトとして選ばれたのが、冬季雷雲が頻繁に到来する能登半島でした。

金沢大学の建物の屋上で検出器を設置する様子

雷雲からのガンマ線検出に開発された初代信号処理回路ボード Raspberry Pi と共に防水ボックスに入れられて、建物の屋上に設置される

 雷といえば夏。そう思うのはおそらく太平洋側で育った人で、実は、日本海側の北陸などでは、雷は冬の風物詩です。暖かい対馬海流と冷たいシベリア高気圧の相互作用により上昇気流が発生し、低くたれこめた積乱雲で発生する「冬のカミナリ」は、世界でも珍しい現象です。榎戸准教授は以下のように話します。

 

 「雷の研究を行う上で、日本は絶好の観測地です。特に日本海側で冬季に発生する雷雲は世界的にみても雷のエネルギー量が大きく、さらに雲の高度も低いため、普通はほとんどが大気に吸収されてしまうはずの加速された電子やガンマ線が地表まで届きやすいのです。私たちは、この有利な気象条件を活かして複数の観測地点でのマッピング観測を行いたいと考えています。複数地点に放射線測定器を置くことによって雷雲に隠れた現象をより詳細に測定でき、また動いている雷雲を追跡しながら観測することもできるようになります。」

 

 たくさんの観測サイトを確保し装置を設置するには、一つずつの測定器は安価で扱いやすい小型にする必要があります。そこで雷雲プロジェクトでは、数千円で購入ができ、手のひらサイズの超小型PC として知られるRaspberry Pi に目を付け、このPC に接続して動かせる高性能で安価な信号処理回路ボードを開発しました。また現在では、京都の企業とも連携して、より操作の簡便な装置の開発も進められています。

 

 「雲の流れ道に沿って測定器をたくさん並べることで、雷雲の一定の領域から放射されるガンマ線量を刻一刻と追うことができるんです。そうすると、その領域において、電子の加速される領域が広がるのか狭まるのか、また、電子の加速のエネルギーの条件がどのように変わるのか知ることができます。」

 

 このように開発されてきた装置は、これまでに夏季には乗鞍岳の山頂や富士山など雷雲の中に入ってしまう高山に設置し、冬季には新潟県のほか、能登半島の高校や大学、民間企業や科学館の屋上に設置されてきました。こうして実際に日本海に巨大低気圧が発生し雷雲が上空を通過すると、地上に降り注ぐガンマ線を検出できる体制がえられていきました。

ガンマ線をとらえた!そして驚きの陽電子検出

 そんな中、雷雲プロジェクトにとって決定的な出来事が起こりました。2017 年2 月6 日、新潟県柏崎市の観測サイトに設置した4 台の測定器が、いままで観測されたことのなかった、とても興味深い物理現象を観測したのです。分析の結果、雷放電に伴うガンマ線が大気中の窒素や酸素の原子核と衝突して、原子核から中性子がはじき出されている「光核反応」の証拠をつかんだことが分かりました。このとき記録されたガンマ線信号は3つ。最初に、測定器からわずか数百メートル離れたところで発生した落雷の瞬間に非常に強いガンマ線を検出しました。その後、50 ミリ秒ほどで急速に減衰するガンマ線の信号が記録されました。続いて、落雷から35 秒ほど遅れて、雷を起こした雲が別の測定器の上空を通過する際に、0.511MeV という特徴的なエネルギーを持つガンマ線をとらえたのです。MeV(メガ電子ボルト)はエネルギーの単位で、0.511 MeV のガンマ線は、電子と陽電子が出合って消滅する反応に特有(対消滅ガンマ線)の値です。つまり、そこに電子の反粒子※である陽電子が存在していた証拠になるというわけです。

 

 ※物質の原子を形づくる粒子には、陽子や中性子、電子などがあります。これとは質量などの基礎的な性質は同じで、電気的な性質だけ正反対なものを反粒子と呼びます。

 

 これまでにも、理論的には、「光核反応」が雷で起きる可能性は科学者たちの間で議論されていましたが、榎戸准教授らのグループは世界で初めて観測によって、このことを解明したのです。しかも、それだけではなく、自然界にほとんど存在しない陽電子がその核反応によって生み出されている明確な証拠を見つけることに成功しました。今回の思いがけない陽電子の検出に、観測データを初めて解析した時には榎戸准教授らも驚いたといいます。

 

 「私たちにとって身近な自然現象である雷が、陽電子を作っていたという自然の隠れた姿が明らかになったことは、科学者として純粋に面白いと感じています。今後の雷の研究に『原子核』という新しい視点を取り入れることで、陽電子や中性子による新しい雷の観測手法の開拓が期待できます。」

 

 榎戸准教授の研究グループは、測定器の特性を十分に踏まえたうえで、シミュレーションによる検討も行い、観測結果で得られた個々の現象を統一的に説明しました。この研究成果は2017 年11 月23 日に英国の学術誌「Nature」に掲載されました。(doi:10.1038/nature24630)

 

1. 雷が地表に向けて放射したガンマ線(TGF)により、大気中の窒素14N が原子核反応(光核反応)を起こし、中性子と不安定な窒素の放射性同位体13N を生成する。

 

2. 生成した中性子は大気中で徐々にエネルギーを失いつつ広がる。最終的に大気中や地表の原子核に吸収されて即発ガンマ線を出すことで、ガンマ線残光として観測される。

 

3. 不安定な窒素同位体13N は、雷雲とともに風下に運ばれ、徐々にベータプラス崩壊して13C に変わっていく。この際に陽電子が放出され、大気中の電子と対消滅して、0.511MeV ガンマ線を出す。これが35 秒遅れて検出された対消滅ガンマ線である。

 

 Nature での論文発表から間もない2017 年12 月、榎戸准教授らの研究成果は、英国物理学会(Institute of Physics)の会員誌であるPhysics World から、2017 年に話題になった物理分野10 大ニュースとして「Top 10 Breakthrough of the Year 2017」に選ばれました。

クラウドファンディングによる研究資金集め

 世界でも注目される成果をあげた雷雲プロジェクトですが、実はここに至るまで平坦な道のりばかりではありませんでした。立ち上げ当初には科学研究費補助金などに採択されず、多地点マッピング観測に必要な装置の開発や現地設置のための研究費不足に苦しんでいました。そこで榎戸准教授らが活用したのが、研究費獲得に特化したクラウドファンディングサイトacademist でした。クラウドファンディングとは、近年の SNS の隆盛に伴って注目されている手法で、インターネットなどを通じて不特定多数の人たちに支援を呼びかけ、アイデア実現のための資金を集める仕組みです。2015 年10 月から研究資金の募集を開始し、雷雲プロジェクトの魅力に共感した153 人の市民サポーターから、160 万円もの研究資金を得ることができました。2016 年にはクラウドファンディングのサポートが科学研究費の獲得につながり、ひいては研究を軌道に乗せることに成功したのです。クラウドファンディングを通じて研究を支えてくれた大勢の市民サポーター、現地で装置設置の協力をしてくれた大学や高校など、多くの協力者の存在は、精神的にも研究を後押ししてくれたと、榎戸准教授はいいます。

 

 「雷雲プロジェクトにおいては、サポーターの皆さんに支援していただいたおかげで、通常の研究に比べても一層の責任感とやる気をもって進めることができました。これからも、よろしくお願いします。」

 

科学研究をもっと身近に、もっと楽しく
オープンサイエンスで誰でも参加できる仕組みづくり

雷雲プロジェクトのウェブサイト
https://thdr.info/

京都の TAC 社と共同開発した放射線検出器の次世代モデル。放射線を検出すると LED ライトが光る

 今後、雷雲プロジェクトはどのような方向に進むのでしょうか。キーワードは、市民参加型のオープンサイエンスです。オープンサイエンスとは、研究者のような専門家だけでなく、あらゆる人々が学術的研究や調査の成果やその他の発信される情報にアクセスしたり、研究活動に参加したりできるようにする運動のことをいいます。榎戸准教授らは、さらに多くの測定器を石川県金沢市の市街地を中心に設置し、冬季雷雲をターゲットとした放射線マッピング観測を行おうとしています。測定器の数が増えるにつれ、装置の設置を研究者だけで行うのは難しくなります。そのため、プロジェクトの取り組みに賛同してくれる市民サポーターに協力をお願いし、装置の設置から観測まで参加してもらおうと考えています。

 

 また、「楽しくサイエンスに参加してほしい」という考えから、サポーターに配布を予定している次世代モデルの放射線測定器には、楽しい工夫が施されています。その新しい機能とは、装置が私たちの目には見えない宇宙線やガンマ線を検出すると、本体に設置されたLED ライトがピカピカと七色に光る、というものです。

 

 さらに、設置された測定器から送られてくる測定データの分類に市民が参加できるウェブサイトも立ち上げました。また、観測により得られた成果だけでなく、測定器の作り方やそれを動かすためのプログラムもウェブ上で公開しています。興味を持った人は誰でも、どうやって測定器が動いているか学んだり、自分で改良したりできるような、これまでにない新しいスタイルの科学研究プロジェクトを目指しています。

 

 物理法則に統計手法を組み合わせて、身近な自然現象の謎を解明したいという榎戸准教授の熱意が多くの市民サポーターの心を動かし、科学を研究者だけではなく、多くの人が楽しみながら参加できるような新しい流れを作り出しつつあります。

 

 「私は地球や宇宙など、自然界の現象が好きで、それを自分で測りたいという気持ちが強くあります。なるべくほかの誰もがやっていなくて、理論だけではなく実験や観測で自然に触ることができ、なおかつ自分の手で結果に到達できそうなテーマをやってみたいと考えたときに、雷がテーマとしてすごく近かったんです。」

 

新しい学術分野「雷雲と雷の高エネルギー大気物理学」を目指して

 日本には他にも、大気電気やレーダー観測、気象シミュレーションなどの手法を駆使して雷の謎に挑む様々な研究者がいます。雷雲プロジェクトのメンバーたちがこれから目指そうとしているのは、分野の枠を超えて研究者同士のつながりを広げ、多様な手法を組み合わせた学際的な研究コラボレーションを実現することです。

 

 榎戸准教授が見据える、さらにその先にあるもの、それは新しい学術分野の構築です。

 

 「電場や電波、可視光や音などを用いた既存の雷・雷雲観測に、私たちの宇宙観測技術を応用した高エネルギー放射線の観測を組み合わせることで、『雷雲と雷の高エネルギー大気物理学』という新しい学術分野を作りたいと考え、仲間を集めています。落雷は一瞬のできごとですが、秒間1000 コマのスーパースロー撮影が可能なカメラでその瞬間を撮影した、美しくて謎めいた雷の動画を見るたびに、その思いは強くなります。」