鈴木俊法 本研究科化学専攻教授、三沢和彦 東京農工大学教授、矢橋牧名 理化学研究所グループディレクター、片山哲夫 高輝度光科学研究センター研究員らの共同研究グループは、光触媒としてガラスやテントの汚れ防止、殺菌などに用いられるアナタース型酸化チタンナノ粒子に光を照射した直後の超高速な電子状態の変化を、X線自由電子レーザー施設SACLAを用いて観測することに成功しました。10兆分の1秒(100フェムト秒)程度で起こる変化を観測したことで、電子が酸化チタン結晶のどこから、どのようなプロセスで生じるかという、これまで未知だった光触媒反応の初期過程を明らかにしました。これは反応効率を議論するうえで非常に重要な成果です。

 

本研究成果は、2017年6月30日に米国物理学協会(American Institute of Physics)刊行の論文誌「Structural Dynamics」に掲載されました。

研究者からのコメント

 本研究では、X線自由電子レーザー施設SACLAのフェムト秒X線パルスを用いた超高速光反応過程の観測手法により、典型的な光触媒である酸化チタンを対象に、紫外光照射直後に起こる光触媒反応の超高速な初期過程を明らかにしました。近年では、異金属を付着させたり不純物を添加したりして可視光応答性を持たせた酸化チタンの研究も広く行われており、そのような新規材料を本研究と同様の手法で測定し比較することで、反応効率に関わるメカニズムの理解がより一層進むと期待されます。

本研究成果のポイント

  • 酸化チタンナノ粒子で起こる電子状態の変化を10兆分の1秒の時間スケールで観測
  • 光触媒反応の効率を議論するうえで重要
 

概要

酸化チタンは汚れの分解、消臭、殺菌、抗菌や水の分解による酸素や水素の生成など、様々な効果を持つ光触媒として幅広い領域ですでに利用されています。この光触媒効果という現象では、まず光触媒が光を吸収した時、内部にエネルギー状態の高い電子や、その電子が抜けた穴である「正孔」が生じます。次に、正孔は表面に付着した匂いや汚れや細菌といった他の物質を構成する分子を分解する酸化反応に利用されます。この過程では、電子は光触媒の表面において酸素の還元反応で使われ、活性酸素が生成されます。酸化チタンという物質は地球上に比較的多く存在する物質で、昔から化粧品や塗料として使用されてきましたが、この光触媒効果が発見されて以来急速に需要が増えてきました。近年では光触媒効果の効率をさらに高めるために、太陽光の波長に合わせた物質構造の改良や、エネルギーの受け渡しをスムーズにするための物質添加など、様々な研究が盛んに行われています。

 

このように様々なことが明らかになってきた光触媒ですが、触媒効果を発揮する電子や正孔は物質原子が作る結晶構造のどこから発生するのか、電子がどのくらいの時間で表面へ移動するのかなど、原子レベルの詳細な動きは明らかになっていない部分がありました。

 

本研究グループは、これまでにX線自由電子レーザーと紫外光レーザーを用いた時間分解X線吸収分光装置を構築し、様々な物質の光応答特性を観測してきました。試料には水に分散させた光触媒酸化チタンナノ粒子を用い、内径100μmの石英管から水鉄砲のように圧力をかけて噴出させます。そこにフェムト秒というごく短時間だけ光る紫外光レーザーパルスを入射し、光反応をスタートさせます。次にほんの僅かな時間だけ遅らせて、同様に短時間だけ光るX線レーザーパルスを入射させ、その時に試料の酸化チタンによって吸収されたX線の量を測定します。X線の波長を変えながら測定することで、どの波長でどのくらいX線を吸収したかという吸収スペクトルが得られます。X線吸収スペクトルは、酸化チタン結晶内のチタン原子周りの電子分布や原子間結合距離を反映します。紫外光とX線のレーザーパルスの間隔を精密にずらしながら測定することで、光反応開始後の変化の様子をリアルタイム観測することが可能です。

 

今回はさらに、紫外光とX線のレーザーパルスの間隔に生じるゆらぎを正確に評価する手法を組み合わせることで、時間分解計測の精度を大幅に向上させることに成功しました。本研究で初めて、光触媒酸化チタンナノ粒子を用いて100フェムト秒以下の時間精度でX線吸収スペクトルの変化を明確に捉えることができました。

図:時間分解X線吸収スペクトル測定装置概略図
 

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