-グラフェンの新しい光機能の発見-

田中耕一郎 本研究科物理学・宇宙物理学専攻教授(高等研究院物質-細胞統合システム拠点連携主任研究者)、吉川尚孝 本研究科博士課程学生、玉谷知裕 同研究員(現・産業技術総合研究所研究員)らの研究グループは、グラフェン(炭素原子が蜂の巣状に結合した、1原子の厚さのシート)に赤外パルス光を照射すると、波長が5分の1、7分の1、9分の1の可視パルス光が生成されることを発見しました。これは「高次高調波発生」と呼ばれる現象であり、炭素の単一原子層(厚さ0.335ナノメートル、ナノは10-9)超薄膜であるグラフェンで実現したのは世界で初めての発見です。

 

本研究成果は、2017年5月19日に米国の科学誌「Science」で公開されました。

研究者からのコメント

 今回の生成された可視光の強度はまだ弱いですが、グラフェンの積み重ねをうまく制御することにより、積層分だけ生成される可視光の強度を強くすることが期待されます。このような固体材料を用いた高次高調波のエンジニアリングを進めることが今後の課題の一つです。これができれば、赤外から可視に至る非常に幅広い周波数範囲をカバーした新しい光源が実現できます。

本研究成果のポイント

  • グラフェンに赤外光を照射すると波長が1桁短い可視光が生成され、楕円偏光状態で効率を最大化できることを世界で初めて発見
  • グラフェンが「ディラック電子状態」を持つことが、変換効率の偏光特性に重要な役割を果たしていることを理論的に提示
  • グラフェンの次世代の超高速エレクトロニクスの基幹材料としての利用や、赤外光の新しい検出法への応用への道を拓く成果
 

概要

光の波長を変換する技術は重要な技術であり、すでに社会のいろいろなところで使われています。例えば、緑色のレーザーポインターは532nm(ナノメーター)の波長の光ですが、これはレーザーポインターの中でまず波長1064nmのレーザー光を発生し、非線形光学結晶という透明な固体を用いて半分の波長(周波数は2倍)である532nmのレーザー光を生成しています。これは2倍高調波発生と呼ばれる現象です。同様な現象はエレクトロニクスの世界で扱う電波の領域の光でも知られており、周波数を2倍、3倍にする周波数逓倍器やオームの法則から逸脱する非線形なデバイスとして利用されています。

 

1980年代後半にパルス幅が100フェムト秒(100超分の1秒)の高強度のパルスレーザーを希ガス原子気体に照射すると、波長が数10分の1(周波数が数十倍)の高次の高調波が発生することが発見されました。これは「高次高調波発生」と呼ばれ、強いレーザー光照射下で媒質の非線形性に由来する現象です。高次高調波発生については多くの研究が積み重ねられてきましたが、固体のように、気体と異なり高い密度の物質では最近まで成功していませんでした。これは、レーザー加工に代表されるように高強度のレーザーを物質に照射すると固体が破壊されてしまうことに起因しています。

 

しかし、数年前に照射するレーザーの波長を赤外の領域に持っていくことで、破壊現象を起こさずに高次高調波を発生可能であることが報告されて以来、研究が盛んになってきました。固体結晶に関する論文が矢継早に出され、様々な理論モデルも提案されていますが、未だに統一見解が取れていないのが現状です。一つには、これまでの研究は厚い固体の結晶が用いられてきたので、光の伝播方向の積み重ね効果が状況を複雑にしてきたことが挙げられます。

 

そこで本研究グループは、厚さ方向の複雑性を取り除くとともに、なるべくシンプルな構造を持つ固体で実験を行うという狙いのもと、炭素の単一原子層超薄膜であるグラフェンで実験を行いました。その結果、世界で初めてグラフェンにおける高次高調波発生を実現したとともに、赤外光の偏光状態を楕円偏光にすると可視光の生成効率が最大となり、その際生成された可視光の偏光状態は元の赤外光とほぼ垂直になることが明らかとなりました。本研究グループは、このような特異な偏光特性は、グラフェンの電子状態がバンドギャップ(結晶中の電子が存在し得ない禁制帯のエネルギー幅)を持たない「ディラック電子状態」に起因することを理論的に示しました。本発見は、これまで統一的見解が得られていない固体を用いた高次高調波発生の物理的メカニズムに、大きな進展を与えるものと期待されます。

図:赤外光パルス(左の赤いビーム)をハニカム構造を持つ単一原子層薄膜であるグラフェンに
照射すると、奇数分の1の波長を持つ可視光(右のビーム)への変換が起きることを見出し
た。
 

詳細は、以下のページをご覧ください。