-カエルがもつ特殊な視覚機能の解明-

七田芳則 本研究科名誉教授(現・立命館大学客員教授)、山下高廣 本研究科生物科学専攻助教、小島慧一 同研究員(現・岡山大学特任助教)、松谷優樹 同修士課程学生らの研究グループは、通常「明所での視覚」に利用されている光センサー(光受容タンパク質)の性質を変化させることによって、カエルが「暗がりでの色識別」という特殊な能力を独自に獲得したことを明らかにしました。

 

本研究成果は、2017年5月8日に米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Science USA)オンライン版にて発表されました。

研究者からのコメント

 私たちヒトは明るい所では色を識別できるものの暗がりでは識別できません。しかし、カエルは暗がりでも色を識別していることが知られていました。本研究は、このような特殊な「暗がりでの色覚」が一体なぜカエルで獲得されたのかを分子レベルから明らかにしたものです。本研究から、動物の視覚機能の多様性や、ヒトが持たない動物のユニークな能力について理解が深まると期待されます。

本研究成果のポイント

  • カエルは、本来「明所での視覚」に関わる光センサー(光受容タンパク質)の性質を、わずか1アミノ酸の置換によって「暗がりでの視覚」に適した性質に変化させている。
  • 「暗がりでの視覚」に適した性質を示す光受容タンパク質を複数種類もつことで、カエルは「暗がりでの色覚」という特殊な能力を獲得した。
  • カエルは多くが夜行性であるため、夜に色を識別できることは生存に有利に働くと考えられる。
 

概要

動物の色識別については、行動レベルから分子レベルまで多様な研究が古くから行われてきました。色識別を行うには、眼の中に複数の光受容細胞が含まれ、それぞれが異なる波長の光に応答する必要があります。ヒトでは、明るい所で働く光受容細胞(錐体)が3種類あり、赤・緑・青それぞれの光をよく吸収する光受容タンパク質(錐体視物質)をその中に持ちます。一方、暗がりで働く光受容細胞(桿体)は1種類しかなく、緑色をよく吸収する光受容タンパク質(ロドプシン)を持ちます。そのため、ヒトは明るい所では色を識別できる(三色型色覚)ものの、暗がりでは識別できません。このように、暗がりで色を識別できないことは、多くの脊椎動物で共通しています。しかし、カエルは例外的に暗がりでも色を識別できると言われていました。カエルは、ロドプシンを含む通常の桿体(赤桿体)以外にもう一つ特別な桿体(緑桿体)を持ちます。この緑桿体は青色感受性の錐体視物質を含みます。この2種類の桿体を使って暗がりでも色識別をしていると考えられていました。

 

今回本研究グループは、独自に開発した実験手法を用いることで、カエルの2種類の桿体に存在するロドプシンと青色感受性錐体視物質の性質を調べました。光が来ていない時に誤って光受容タンパク質が反応をするとこれがノイズになり、感度のよい「暗がりでの視覚」の妨げになります。そのため、ロドプシンはこのノイズ反応が極めて低く抑えられていることが知られていました。今回の研究で、カエルの青色感受性錐体視物質もロドプシンのようにノイズ反応を低く抑えていることがわかりました。さらに、カエルの進化の過程で青色感受性錐体視物質のわずか一つのアミノ酸残基(N末端側から47番目)を変化させることによって、ノイズ反応を低減させたことも明らかにしました。

 

このことからカエルは、本来は「明所での視覚」を担っていた光受容タンパク質の性質を「暗がりでの視覚」に適した性質に変化させることで、暗がりで働く2種類の桿体を持ち、「暗がりでの色覚」という特殊な視覚機能を獲得したと考えられました。多くのカエルは夜行性であるため、夜に周囲をモノクロで認識するよりカラーで認識する方が多くの情報を得ることができ、生存に有利である可能性があります。

図:カエルが暗がりでの色覚を獲得したメカニズムの概略図
多くの脊椎動物の眼には1種類の桿体しか存在しないが(A)、カエルの眼には通常の桿体に加えて、青色感受性錐体視物質を含む緑桿体が存在する(B)。カエルの青色感受性錐体視物質は、ノイズの発生を抑えることで暗がりでの視覚に適した性質を獲得している。多くの脊椎動物は、暗がりで色を識別できないが、カエルは、緑色と青色の光にそれぞれ応答する2種類の桿体を用いて、暗がりで色を見分けていると考えられる。
 

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