-宇宙を形作る素粒子の運動におけるカオスの指標の定式化-

吉田 健太郎 本研究科物理学・宇宙物理学専攻助教は、橋本幸士 大阪大学大学院理学研究科教授、村田佳樹 慶應義塾大学日吉物理学教室助教との共同研究により、物質素粒子クォーク*1の力学における複雑性の指標を計算することに、世界で初めて成功しました。

 

本研究結果は、2016年11月30日(米国時間)に「Physical Review Letters」のオンライン版に掲載されました。

研究者からのコメント

 私たちの体や宇宙を構成する物質素粒子クォークについては、その発見から数十年経つものの、運動の力学は解明されていません。静的なクォーク結合状態については、スーパーコンピュータ「京」などの大規模数値計算で明らかにされつつありますが、クォークの運動に関わる複雑性は、理解されていません。本研究を契機にして、素粒子の根源に迫る理解の発展が期待されます。

本研究成果のポイント

  • 物質素粒子クォーク*1の複雑性を示す、カオスの指標の計算に世界で初めて成功
  • 力を媒介する素粒子だけに適用できていた従来の理論を、物質素粒子に拡張
  • 我々の世界を構成する素粒子の標準理論の複雑性を解明する一つのステップとなる成果
 

概要

運動の複雑さは、カオス理論*2で指標化されます。この世界を形作る素粒子の運動に対して、カオス理論を適用した例は、力を媒介する素粒子(ボソン)に対してだけでした。一方、17種類発見されている素粒子のうち、物質を構成する元となっているクォークなどの「物質素粒子」(フェルミオン)に対しては、カオス理論の適用は困難でした。

 

本研究では、素粒子理論で近年発展した「ホログラフィー原理*3」という新たな手法を用いることで、この困難を解決しました。この手法を用いると、クォークの運動を仮想的なボソンの運動に等価変形して書き換えることができます。この書き換えにより、カオスの指標であるリャプノフ指数*4を物質素粒子に対して計算することに成功し、クォークの運動にカオスが存在することを示しました(図1、図2参照)。

 

複雑性を計算できるカオス理論の適用範囲が、量子力学的に解析することの大変困難な物質素粒子クォークにまで広がることは、素粒子の標準理論の複雑性を解明するための一つのステップと言えます。本研究を契機として、素粒子の標準理論を自然が選んでいる理由について、より深く理解されていくことが期待されます。

【図1】
クォークは単体では運動できず閉じ込めの状態にあるので、反クォークと一体となり、湯川秀樹の導入した中間子メソン(π、σ)を形成している。πとσが取りうる値によって、ポテンシャルエネルギー V がどのように変化するかが左図に表されている。πとσの運動は、ポテンシャル曲面の中で運動するボールのように取り扱うことができる。現在の宇宙で実現されている最も低い底(ポテンシャルの底)の他に、セパラトリクスと呼ばれる、馬の鞍の形をした「鞍点」が存在することがわかる。セパラトリクスがあると、運動の分岐が存在し、カオスを生成する源となる。図の下部には、カオスを発生することで有名な「二重振り子」との対応を示す。
【図2】
運動の規則性を表す「ポアンカレ断面」を、様々なエネルギーについて示す。エネルギー E が小さいときや大きい時は規則的な線を描いているが、中間のエネルギーでは細かな点で埋め尽くされる。この出現がカオスを表す。

注釈

*1 物質素粒子クォーク:知られている素粒子のうち、陽子や中性子、中間子を構成して物質の基礎を形作る素粒子のこと。

*2 カオス理論:運動方程式の複雑性、特に、初期値をほんの少し変えるだけで最終結果が大きく変わってしまう予測不能性を表す理論のこと。

*3 ホログラフィー原理:強く量子力学的に振る舞う素粒子の理論が、ある極限操作をとることにより、仮想的な高次元空間の重力理論と同じになってしまうこと。超弦理論の発展の中で発見された。

*4 リャプノフ指数:カオス理論において、初期値の微小なズレが時間発展で増幅される度合いを示す数。