理論と実験の共存

理論と実験の共存

齊藤 颯

 

近年はコンピューターの性能が格段に向上しており、理論的な計算によって分子の性質を予測することが容易になってきました。これは様々な面で化学研究を加速させています。例えば、病気の原因となるタンパク質の形や働きをシミュレートし、それに強く結びついて解毒するような物質をコンピューター上で何億パターンも調べることで、実験を伴わずに医薬品の候補を迅速に見つけ出しています。

 

理論計算の重要な役割の1 つとして、実験では直接知ることができない数多くの情報を教えてくれることが挙げられます。反応の中で分子が組み変わる過程や、複雑な分子の結合のエネルギーといったものがその代表例です。これらは、新しい種類の化学反応を作ったり、特徴的な性質を持った分子を設計したりするヒントとして重宝されています。

 

もはや実験しなくても計算だけで色々なことが分かってしまうように思えますが、話はそう単純ではありません。計算の基となる理論は非常に複雑で、厳密な検討と試行錯誤が無くては誤った結論を導き出すことがよくあります。そして何より、計算で扱える分子の大きさや数、あるいは分子の動きをシミュレートできる時間の幅が、京に代表されるスーパーコンピュータをもってしてもまだまだ限られています。その一方で実験は、どんな大きな分子でもどんな時間の幅でも容易に試すことができ、実験手順と分析方法が確かであればその結果は疑いようのない「事実」になります。実験と理論計算が上手く住み分けて補完しあうことで、私たちの分子への理解がさらに深まるのです。