地質学鉱物学分野・教授 山路敦

 
 
 

実社会への応用を意図しなかった地質学の純理学的研究も、意外なところで実用になることがある。その例をご紹介しよう。

 

地質学者の多くは博物学的研究に、例えば1億年前にあの断層が動いたというような、もっぱら歴史編纂とその方法論に従事している。その結果今日では、遠い過去であっても、地殻変動、すなわち運動が、ある程度定量的にわかるようになってきた。それなら、同時期に働いた力がわかれば、超長期にわたる地殻変動の力学的像を描けるのではないかと、私は考えるわけである。

 

ではどうするか。日本列島は地殻変動が活発で、数百万年、数億年前に動いた断層もたくさんみられる(写真1)。断層面をはがしてみると、断層変位のときの引っ掻き傷がみられるので(写真2)、それぞれの断層がどの方向にすべったかがわかる。岩盤に力がかかって断層が動くとき、すべる方向はその力を緩和する方向である。このことにもとづいて逆問題を構成することができ、すべり方向を多数の断層で観察した結果を観測データとして、遠い過去に働いていた力(応力)を推定することができる。また、地下の亀裂にマグマが貫入してできた岩脈や、熱水から沈殿した鉱物で充填された鉱脈の方向などからも(写真3)同様のことがいまや可能である。

 
写真1:外房海岸の地層を切る数百万年前の断層
写真2:断層変位の方向をしめす断層面上の引っ掻き傷(定規と平行な線)
写真3:鹿児島県旧羽島鉱山の鉱脈(矢印の先の肌色の部分)

断層と応力とのこうした関係は、2011年の震災のあと意外なところで実用に供されることになった。原子力規制委員会による原発の審査である。原発のごく近くや、まして真下に活断層があっては困る。したがって、原発周辺の地盤にみられる断層が現在の応力場で動きうるか、それともはるか過去に活動をやめた断層であるかがそこで問われることになる。それに答えるには、観察される断層のすべり方向が現在の応力と調和的かをみるのが一法である。私が2000年に提案した方法が、かくしていくつかの原発の審査で使われたのだった。たまには地質学も意外なところで利用されるわけである。