名古屋大学大学院創薬科学研究科/細胞生理学研究センター 特任教授 藤吉 好則

 
 

日本人の遺伝子を持っていても英語を話す環境で育つと、英語で考え、英語を話します。この例の様に、遺伝子だけでは決まらないヒトの言語能力や、様々な個性は、どのようにして形作られているのでしょう? タンパク質などの分子の働きで、我々はものを“見て、考えて、行動する”ことができますが、その仕組みを分子の構造や機能から理解したいと考えております。そのためには、タンパク質の構造を観る必要があるので、液体ヘリウム温度にまで試料を冷やして原子や分子を見ることができる電子顕微鏡を作りました。研究は思い通りには進みませんので、現状では上記の疑問には答えられませんが、長い年月をかけた研究では、わくわくするような発見もあります。

 

細胞の膜系には無機イオンや水などを必要に応じて選択的に通過させるチャネル機能を担う膜タンパク質があり、神経の情報は膜の電位の変化として伝達されますので、神経系などではイオンチャネルが主役として働いています。それを支えて恒常性を保つ働きを水チャネルは果たしています。また、情報が神経筋接合部に伝わると、神経終末から放出された神経伝達物質(アセチルコリン:ACh)がアセチルコリン受容体(AChR)に結合することにより、受容体自身が内包しているイオンチャネルを開口させ、正イオンが通り抜けて筋細胞膜を脱分極させることにより、最終的には筋肉を素早く収縮させます。一方、電気シナプスでは、ギャップ結合が中心的機能を担っています。

 

極低温電子顕微鏡を用いた解析により、電位感受性Na+チャネルの2つの状態の構造を解析したことで、ゲーティング機構の1端が明らかになってきました。また、水チャネルについては、電子線結晶学を用いてアクアポリン-1(AQP1)の構造を解析しました。AQP1は、1秒間に30億もの水分子を透過しながら、イオンだけでなくプロトンをも透過しないという重要な機能を有しています。構造解析から、短いヘリックスがアミノ(N)末端を接するような配置をとり、この2本のへリックスが接している部分のそれぞれにはNPAモチーフと呼ぶアミノ酸配列が高度に保存されています。そのアスパラギンのカルボニル基が主鎖のNH基と水素結合することでアミド基がチャネルの中へ向きます。短いヘリックスが作る静電場によって、NPAの近くに来た水分子は酸素をこのアミド基の方へ配向させられるので極めてスムースに水素結合が形成され、水分子の2つの水素がチャネルの軸に垂直に配向させられ、隣り合う水分子間で水素結合を形成出来ません。この様に水素結合のネットワークが断ち切られることで、プロトンの伝搬が阻止されます。NPA配列の位置に形成される狭い穴に来た水分子はバルクの水と比較して水素結合の数が1つ少ないだけで、エネルギー障壁は低いので、1秒間に30億分子という速い水の透過が可能になっています。この機構は、AQP0とAQP4の高分解能の解析で、水分子をきちんと分離して観察することで、より詳細に理解できるようになりました。さらに、AChRが閉じた状態と開いた状態の構造を解析して、神経伝達物質AChによるこのチャネルを開く機構がわかってきました。電子線結晶学を用いて、細胞間をつなぐギャップ結合チャネルの構造を解析した結果、チャネル内の膜貫通部分に相当する位置に、“プラグ(Plug)”と名付けた密度が見出されました。このプラグはN 末端のへリックス6本によって形成され、チャネルの最も狭い部分が6Å程度となるので、直径が8Å程度の水和したイオンは通さないことが理解されます。そしてこれらのプラグが細胞質側のチャネルの壁に接する位置に開くことで、大きな分子をも透過することができます。以上の例の様に、高性能の極低温電子顕微鏡の開発や試料作製技術の開発などによって、膜タンパク質を生理的条件に近い状態で構造解析ができるようになりました。

 

個人的興味から進めているタンパク質の立体構造解析研究が、薬を効率的に作ることに役立つのではないかと考えて、創薬を目指す研究も2000年から始めています。日本のように高齢化社会になると、特に健康で過ごせるように薬の開発が必要ですが、継続的に薬を開発できる国は世界的にも先進7ヶ国くらいで、資源の無い日本では、薬を開発することがとても重要だと考えております。ところが、創薬をめぐる状況は厳しさを増してきており、1つの新しい薬を開発するのに、平均3万以上の候補化合物が捨て去られているし、1つの薬の開発費用も1000億円を超えるようになってきております。この様な状況を大きく変えるために、「構造に指南された創薬戦略」という基盤技術開発を進めてきております。その1つの有力な方法として、Drug Rescuingと名付ける新しい創薬戦略を提案して、実際に創薬研究を進めております。